社内の目を気にする暇があるなら外に目を向ける
吉本興業株式会社 代表取締役社長 大﨑 洋氏
2012年に創立100周年を迎えた吉本興業。
1世紀以上に渡って世の中に笑いを提供し続けるエンターテインメント集団を率いる大崎社長ですが、実はとんでもない破天荒な社員だったのだとか!?
たとえば立ち上げたばかりのNSCでダウンタウンの2人と出会った際は、その漫才に才能を見出し、勝手に「俺がマネージャーするわ」と決断。
担当を外されてもダウンタウンの番組会議に参加するべく、会社の決定を無視して東京に同行。
しかし伝統的な笑いとは一線を画す彼らのスタイルを伝えることに邁進し、結果的には冷ややかな社内の評価にも負けず、ダウンタウンを一躍スターに押し上げてしまいました。
またあるときは堂々と「アンチ吉本、アンチ花月」を標榜し、マネジメント責任者という任務があるにも関わらず「ソフト開発室」なる部署を半ば強引に新設。音楽ビジネスやゲームソフト開発、アジア進出を推進。
そんな奔放すぎた大﨑氏に命じられたのが低迷を続けていた吉本新喜劇の改革でした
もはや“左遷”というべき人事でしたが、そこで腐ったりしないのが大崎氏の底力。
再生の案として彼が考え出したのはなんと、“スタッフも役者も全員解雇してゼロから再構築”“半年間でうめだ花月に18万人の観客が来なければ新喜劇はやめる”という「新喜劇やめよっカナ!? キャンペーン」でした。
これには社内だけでなく世間からも大きな反発が起きました。しかしこの手法は現在のAKB48の“ガチ”感で社会を巻き込む手法と、アンチも話題づくりのひとつと考える“炎上商法”を、1989年に先取りしていたのです。
そうして新喜劇再生キャンペーンは大成功。新生・新喜劇は全国にブームを巻き起こすことになります。
会社に何を言われても信じたことは決して曲げない。
社内の目を気にする暇があるなら外に目を向ける。
ときとして大﨑氏の振る舞いは組織人としてはあり得ないように見えますが、 “やりたいことをやる”という信念を貫くことによって、彼は新しいビジネス、新しい文化を生み出してきました。
社内政治を気にすることもサラリーマンとしては必要ですが、ビジネスパーソンにとってこの視点は忘れてはいけない原点なのかもしれませんね!